自作曲解説「この季節を生きるため」~転調を操る
東方アレンジアルバム「Eternal Winter Story」収録
Tr.1 この季節を生きるため
原曲…
真夏の妖精の夢(東方天空璋 ~ Hidden Star in Four Seasons.)
白い旅人(東方天空璋 ~ Hidden Star in Four Seasons.)
ジャンル…ウインド・オーケストラ
本記事では、こちらの自作曲における制作のポイントを解説していきます。
動画もアップしておりフルで視聴できるので
実際に曲を聴いてみると理解しやすいかもしれません。
イメージ+展開
アルバムの計画初期段階の時点ですでに構想にあった曲でした。
↑2019年冬コミのサークルカット。申し込んだのは同年9月頃だが完成は2020年7月。
テーマはズバリ、冬眠。
この単語を起点に、まずは色々連想してイメージを膨らませていきます。
動物が冬眠に入る時期は種族によって様々でしょうが
人間が「冬眠」という言葉を聞けば冬に入る瞬間を連想しやすいところ。
そのため、アルバムのファーストトラックには打ってつけのテーマだと考えました。
対照的に、冬眠する生物にとって、冬は終わりの季節なのではないか
というイメージも私の中にはあります。
これらを確実に伝えるべく、三月精にて冬眠の描写があるエタニティ ラルバを中心に
原曲は東方天空璋より、彼女のテーマ曲である真夏の妖精の夢。
そして、冬と終わりのイメージを付与するために
同作スタッフロール曲の白い旅人も選び、この2曲をまとめてアレンジすることに。
また、前回の記事で
このアルバムはRPGのようなストーリーをある程度意識していると言いました。
その視点で考えると、ラルバの役割はいわば"ヒロイン"といったところでしょう。
冬眠に対する不安・憂いを振り切って、"主人公"との別れの覚悟を決める。
そんなイメージを持ち、タイトルも珍しく構想段階の時点でほぼ決定。
このイメージを踏まえて、曲全体の展開は
視点が背景全体から徐々にラルバの内面に近づいていくような感じで
真っ白な視界→
浮かび上がる立冬の風景→
長い眠りに入る生命たち→
ラルバもまたそうした生命のひとつ→
そんなラルバの憂いの感情→
不安を抱いたまま彼女は眠りにつく
…という流れを思い描いていました。
でもラルバって原作・三月精で「寒い」とか言いながら普通に冬に起きて出歩いてるんですよね。
そんな感じで、曲の構想が少しずつ固まっていきます。
参考曲
…と、あたかも”こんな構想を制作前に完璧に固めてた”というような書き方ですが、
「構想を完璧に決めてから制作に動き出した」わけではなく
「実際に曲を作っているうちに構想が変化しながらも徐々に完成されていった」
というの実情。
その一例として、最初は「冬眠中のラルバ」というイメージで進めていたため
参考曲もそれに沿ったものを10曲ほど選んでいました。
が、進めていくうちにイメージが「冬眠に入る直前のラルバ」へと変化していったため
選んだ参考曲も、終わってみればどれもほとんど参考にしていません。
参考曲とは、
イメージを実現させるための資料・教科書のような役割を果たす曲のことです。
詳細はこちらの記事で解説しています。
touhou-arranger.hatenablog.com
なのですが、結局のところ”資料”に頼ることなく
私自身が持っている知識・経験値だけで、
さほど苦労なく完成まで押し切ってしまいました。
もしかするとこのタイプの曲を作るのは自分が思う以上に得意なのかもしれない。
コード進行
今回の曲はリズム隊のいない大人しい曲にすると最初から決めてました。
私の個人的な持論ではありますが、
曲の第一印象を決めるうえで最も重要なのはメロディの音色、次点でコード進行である
と考えています。音色は聴き手の耳にストレートに飛び込んでくるからです。
が、今回のような大人しい曲の場合、音色の印象も大人しくなりやすいため
コード進行の重要性が普段以上に増してきます。
重要性が増すといっても
複雑難解な進行にしなければいけない、というわけではありません。
曲がシンプルなコードを求めているならシンプルな進行にしてあげればいい。
とにかく大事なのは、曲が最もイメージに近づくと思えるコード進行を
模索することです。
というわけで、本記事では主にコード進行にフォーカスを当てて解説していきます。
イメージに近づけるためのコードの模索について参考にしてみてください。
それと、コード進行に著作権はないので
もし真似したい進行があればご自由にお使いください。
イントロ~Aメロ①(00:00~00:48)
シンプルな順次下降(全or半音ずつ下がる)進行の繰り返し。
ルートが重力に従うように降りていくため自然で落ち着いた流れになります。
イントロ・Aメロは冬に入りかけの景色というイメージにしたかったので
落ち葉が落下するような絵を浮かべながらこの進行にしました。
内声部(ルート以外の音)は7度の音や転回形なども試しましたが
結局ダイアトニックのトライアド(3和音)という
最もシンプルな形が一番しっくり来ました。
澄み渡った立冬の景色を思い浮かべていたのでスッキリしたコードで十分なのかも。
ちなみに、使用している音源についてですが
・「Komtakt 5」(有料)収録音源(ほぼ全部「FACTORY LIBRARY」)
・DAW(Studio One)付属音源のPresence
・フリーダウンロードのVST音源
全トラック、これらのいずれかを用いているためお財布にはそこそこ優しい。
唯一の例外はピアノで、ピアノ専用音源であるIvoryⅡ Grand Pianoを用いています。
3~4万ぐらいする音源ですが購入以来バリバリの活躍。買ってよかった。
Bメロ①(00:49~01:12)
Aメロと対照的に、順次上行(全or半音ずつ上がる)進行から入ります。
今度はルートが重力に抗って階段を上るイメージで、ちょっと頑張ってる印象。
「冬という自然の驚異に抗う生命」というイメージに重なるでしょうか。
後半はⅥ→Ⅱ→Ⅴと完全4度上行(=完全5度下行)が続きます。
力強いイメージを持たせるときなどは、この動きを混ぜるよう意識するといい感じに。
これを強進行と呼びます。
なお、一部コードがセブンスだったり転回形だったりしていますが
判断基準は至って単純、トライアドと聴き比べてみてどっちがしっくり来るかです。
これに関しては、理屈で考えるよりも感覚に任せて聴いて判断するってことですね。
ポイントは赤字で記したⅦ♭Maj。スケール外の音(Ⅶ♭=C)を用いながらも、
直前の順次上行の流れを引き継ぎついでいるため自然に入ってくるはず。
このようにスケール外の音程をいかに上手に混ぜ込んでいくかというのは
作曲作業の醍醐味であり腕の見せ所と言えます。
今回はルートに対して用いているため特に効果が大きい。
もうひとつのポイントはここでDメジャースケールに変化していること。
直前のAメロがGメジャースケールだったので転調しています。
転調には曲の雰囲気を変える効果があります。
このように転調をいかに挟んでいくか、というのも作曲において大事なところ。
転調を理解するにはこのような五度圏(サークル・オブ・フィフス)
と呼ばれる図を用いるのがわかりやすいです。
五度圏には以下のような性質があります。
・近い位置へ飛ぶ場合、雰囲気の変化が小さいためさり気ない転調となる
・遠い位置へ飛ぶ場合、雰囲気の変化が大きいため印象の強い転調となる
例えば、ここではGメジャー→Dメジャーという転調を行っていますが
この図でGとDは隣同士であるため「雰囲気が変化してる」と言われても
ピンと来ないかもしれないぐらい小さな変化です。
私は、音楽は変化を楽しむものだと考えているのでこうした変化はこまめに入れたい。
とはいえ、まだ曲は最序盤なので変に大きな転調をする必要もないだろう、
ということで、こんな感じにまとまったわけですね。
なぜGメジャー→Dメジャーの転調は変化が小さいのかというと スケールを構成する音程がGABCDEF#→DEF#GABC#となり C→C#のひとつしか変化していないからです。 これに対して、五度圏でGメジャーから最も遠い位置にあるC#メジャーへの転調だと 構成音がGABCDEF#→C#D#FF#G#A#Cと5つも変化しています。 この構成音の変化した数が雰囲気の変化の大きさにつながるというわけです。 ちなみに、五度圏の並び順は 「完全5度上行(半音7つ分上)でひとつ進む」 という法則に沿っていることを知っていると図を自力で作れるようになります。 「五度圏」という名前の由来もそこから来てます。五度圏のもうちょっと詳しい話(クリックで展開)
Aメロ②~Bメロ②~Aメロ③(01:13~03:01)
Bメロが終わるとAメロに戻ります。
と同時に、スケールも転調が入ってDメジャー→Gメジャーに戻っています。
しかしよく見ると、AメロもBメロラストも、ルートがC→B→A→Gで共通しています。
そのため、転調していることにほとんど気付かないほど自然に繋がっているはず。
(五度圏が隣同士となる転調なので変化が小さいということもありますが)
なお、「転調するときは自然に繋げなければいけない」というわけではありません。
聴き手にインパクトを与える狙いでいきなり転調させるのも定番の手法です。
目的に応じて使い分けましょう。(ただし前者の方が工夫を求められることが多い)
以降はここまで見てきた進行の繰り返しです。
ただしコードに変化がない分、メロディのラインや使用楽器は変化させてます。
インター(03:02~03:20)
直前のAメロ③がGメジャーだったので、ここでEマイナーに転調しています。
ただし、Gメジャーの構成音はGABCDEF#、EマイナーはEF#GABCDとなっていて
構成音が完全に一致しているため、転調にしては雰囲気があまり変わりません。
このような関係にある2つの調のことを平行調と呼んだりします。
ここは「雰囲気を変えたくて転調した」というわけではなく
「マイナーの暗さが欲しくて転調した」という感じです。
このセクションの場合、メロディの全てのフレーズがEから始まっていて しかもセクションのラスト(67小節目)もEで終わっています。 そのため、ここはGメジャーではなくEマイナーと解釈する方が「妥当」と言えます。 今回は比較的わかりやすいケースでしたが メジャースケールなのかマイナースケールなのか、というのは 実はそんなに簡単な話ではありません。 答えがひとつに定まらないケースも存在し、 むしろ「スケールが判定できない状況」を狙って作曲することがあるくらいです。 スケールの解釈には、明確な答えがあるとは限らない ということを覚えておいてください。じゃあなんでこの部分はGメジャーじゃなくてEマイナーって扱いなの?
このセクションのイメージを言語化するならば
「『本当はまだ眠りに入りたくない』と願うラルバの独白」という感じ。
楽器がピアノだけ(実は鉄琴もあるけど)なのも"独白っぽさ"を出すためです。
そこで、このコード進行。
Ⅵ♭→Ⅴ(メジャーならⅣ→Ⅲ)を繰り返すというのは地味ながらド定番の進行です。
個人的には「迷い・葛藤を表す進行」という印象を持っています。
なので、先述したイメージを描くのに打ってつけの進行であると思っています。
そして、ラストの赤字で記したⅦdim。
Ⅶ(=E♭)はEマイナースケールに含まれない音程です。
コードの役割としては、トニック(Ⅰmin)に繋がるドミナントの役割です。
スケール上の音程であるⅦ♭(ここではD)も同様にドミナントの役割を持つので
Ⅶの代わりにⅦ♭を使っても、コード進行としては問題なく成立します。
が、Ⅶの音は「苦しみ、追い詰められている」といったイメージを持っています。
また、dimという4和音(dim7と表記することもあるが当ブログではdim表記)に
強い不安を抱かせるような響きがあるという性質も相まって、
この部分はⅦdimが最もイメージに沿ったコードになると判断しました。
ラスサビ(03:21~04:27)
画像はラスサビ頭とその直前。ここは本曲最大の勝負所です。
まずはスケール、EマイナーからD#メジャーに転調しています。
ここで五度圏(サークル・オブ・フィフス)を再掲。
Eマイナーの構成音はGメジャーと同じでした。(平行調)
つまり雰囲気の変化の大きさはG→D#の転調と同等と言えます。
この図でGとD#は大きく離れており、転調としての雰囲気の変化はかなりの威力。
この部分は「不安や葛藤を振り払い、眠りに入る覚悟を決める」というイメージ。
ラスサビという、曲としても重要なセクションに入ることもあり
雰囲気を大きく変えて、印象的にしたいところ。
今回のように、ラスサビで大きく転調するというのは定番の手法です。
そして、サビに入る直前の2つのコードⅠ7とⅡdim、
いずれも構成音にEマイナースケール上にない音程を含んでいます。
これらは転調するための起爆剤のような役割を持つコードです。
先ほどのような”転調を自然に繋ぐための潤滑油の役割”ではなく
「聴き手の意識を惹きつけるために『転調するぞ』と宣言する役割」と言えます。
まずはⅠ7について。 ルートはスケール上の音程であるもののコードが7(セブンス)であるため スケール外の音が構成音に混ざっています。(画像のE7の場合、G#が該当) メジャースケールの場合、同じような性質を持つコードとして Ⅰ7以外にもⅡ7・Ⅲ7・Ⅵ7・Ⅶ7があり、これらのコードを ※ただし、これは正確な定義ではありません。 事実、Ⅳ7も同じ性質を持ちますがこちらはその「正確な定義」に当てはまらないため セカンダリードミナントには区分されません。詳細の解説はもう1記事ほど必要になるので割愛します。 通常のドミナントであるⅤ7同様、完全4度上のコードに進みたがる性質を持ちます。 この性質が「『転調するぞ』と宣言する役割」に一役買っています。 が、それに留まらず、直後にⅡdimが続きます。 先ほどインターでⅦdimというコードについて解説しましたが、 そちらとだいたい似たような性質。 Ⅰ7よりも強力な推進力を持ち、こちらは半音上のコードに進みたがる性質です。 画像のⅡdimですが、実際の音名はF#dim。 そして転調先の最初でもある次のコードは半音上のGmin7。 つまり、転調しながらもⅡdimの「半音上に進みたい」という要望には しっかり応じているということになります。 なのでⅡdimには、Ⅰ7による「転調の宣言」を テレビ番組の肝心なところで差し込まれるCMのごとく引っ張り続ける役割と、 転調先であるGmin7に違和感なく繋ぐためのコネクターとしての役割、 この2つを兼ね備えているわけです。 つまり、画像のE7→F#dim→Gmin7というコード進行、例えるなら 転調します、この後すぐ→この次、今度こそ本当に転調します→転調しました …って感じになるんじゃないでしょうかね、きっと。「Ⅰ7とⅡdimについてもっと詳しく」って人はクリック
なお転調を組み立てるときは、コード進行に合わせて転調先を選ぶのではなく
転調先を決めてから、うまく繋がるようにコード進行を決めるという順番を推奨。
メロディ・コードを感覚任せで組み立ててるうちに、気付いたら転調してたってことも稀にある。
ラスサビ以降の進行は、調が異なること以外はBメロ・Aメロのほぼ同じです。
曲の構造的にも一番盛り上げるべきところなので、全楽器の総動員。
プラスして、アコギも新規参入。ほとんど打楽器のような使い方ですがね。
アウトロ(04:29~)
曲のフィニッシュ、ここでも転調。D#メジャー→Fマイナー。
Fマイナーの構成音はG#メジャーと同じであり、D#メジャーとG#メジャーは
五度圏で隣同士に位置しているため、転調による雰囲気の変化は小さい。
ただ、この転調のポイントはⅠminで曲を終わらせるよう誘導したということ。
曲のラストがⅠMajの場合はハッピーエンドと言えますが
Ⅰminの場合はバッドエンドのようなもので、悲壮感を残した幕引きとなります。
本曲は「ラルバが冬眠に入る」というイメージによって終わりを迎えます。
(かつ、"冬眠"を悲観的に解釈している)
なので、ラストはマイナーで締めたかった。
そこで、Bメロから流用している直前のC#Maj→Cmin→A#7→Cmin7という
コード進行の流れを引き継ぎ、アウトロもC#Maj→Cminで始めることで、
「まだメジャースケールです(C#Maj→Cmin)」
→「と見せかけて実はマイナーに転調してました。完。(Fmin=Ⅰmin)」
という感じの流れを作り、”前向きに悲壮感を受け入れる”ような印象を持たせました。
まとめ
以上、コード進行の要点について見ていきましたが
ほとんどダイアトニックコードで構成されていて、複雑な進行はなかったと思います。
コード理論は、知識を持っているだけでは不十分で、これを活かすためには
実際の制作で「いつ、どのように使うのか」まで考える必要があります。
私の場合、イメージに近いコードを選び出すために
理論を活かしているという部分が大きいです。
この記事がそうした考え方の参考になれば幸いです。
というわけで、大変長くなりましたが
「この季節を生きるため」の解説を終わります。
ここまでご覧頂きありがとうございました。
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自作曲解説「あなたのしごとの好奇心 -SNOW INTERVIEW-」
~マイナーから"スーパーメジャー"にアレンジ
(準備中)